ハイチ地震関連-災害ボランティアのあり方
1月12日、カリブ海のの小国ハイチより大変悲しいニュースが届きました。
マグニチュード7の大地震、死者推計約20万人、被災者300万人(ロイター通信1/28)
死者の数だけなら過去にもっとひどい災害がありましたが、今回のように一国の首都が壊滅的な打撃を受けた例はあまりありません。
しかし、そんなニュースも日に日に報道の数が減ってきました。
阪神・淡路大震災から15年。「あの時感じた気持ちを、私たちは今も持ち続けているだろうか?」1月17日は、そんなことを改めて考えさせられる一日となったのではないでしょうか。
今年の1月17日は日曜日ということもあり、各地では、防災訓練や避難所体験を始め、講演会や写真展・資料展などのメモリアルイベント、神戸では、震災復興記念「みなとのもり公園」の開園式が開催されました。
和泉市でも、「第14回 防災とボランティア市民の集い」が開催され、NPO法人ゆめ風基金の八幡隆司氏より「災害時における障害を持った人たちへの支援」についての講演があり、地域ネットづくりや福祉避難所の課題についてとても勉強になりました。
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大災害の悲惨さ、無力さ、怒りから生まれた強い願い、同時にあふれる優しさと温もりを感じた人の絆。
そんな思いを忘れない、国内外や次の世代に伝えていく、そして次の災害に備えることが、災害ボランティアの一つの形として定着してきたようです。
ハイチの支援活動報告によると2日目には各国からレスキュー隊やアメリカの海平が現地入りしていたのに、ほとんど活動ができなかったそうです。その理由というのが、治安が悪い(略奪)、交通の遮断(車が手に入らない)、そしてコーディネータがいないという3つの理由だそうです。
ハイチは、もともと政府がほとんど機能していなくて国連の平和維持活動ハイチ安定化派遣団(MINUSTAH)が何千人も派遣されていたんですが、地震発生当時、司令部には100~150人がいて、重要な会議をしていたということで、メンバー、特にトップの30数名が死亡、200以上行方不明(共同通信15日)
残ったのは兵隊ばかりで、いまだにまったく機能が発揮されていないようです。
国連の建物自体も倒壊してしまい、ロジスティシャンと言われる役目の人、いわゆる救援物資や支援者を管理、派遣するコーティネータがいない状態だそうです。
プロの集団でさえそんな状況ですから、15年前ボランティアが機能しなかったというのは仕方がなかったのかもしれませんね。
137万人という大勢のボランティアが全国各地から集まったあの時、実際のところ半数以上のボランティアが活動できず無駄になってしまったり、場合によっては被災地の復興を妨げてしまったというのが現状でした。
これは、ボランティアの調整や支援をする人、そしてその場所が不十分だった為と言われています。
以来、それを教訓に社協を始め、日赤、共同募金会、さまざまなNPOやボランティア団体が研修や訓練を積み重ね、災害時のボランティアのあり方について検討してきました。
■災害ボランティア文化
震災がつなぐ全国ネットワークより、震つなブックレットKOBEの検証シリーズ新刊『災害ボランティア文化~阪神・淡路大震災15年と震つな~』が、KOBEから15年の2010年1月17日、発刊されました。
災害ボランティアについて、その「文化」としての熟度、課題をボランティア自身の視
点から検証する一冊です。
詳細は震つな事務局のホームページをご覧下さい。
http://blog.canpan.info/shintsuna/archive/604